何度もえずいて涙まみれになり、過呼吸を起こして撮影が中断したときのこと【神野藍】連載「私をほどく」第5回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第5回
【過呼吸を引き起こして、一度撮影が止まったとき】
今でも目をつぶれば簡単に思い出すことができる。喉の奥まで物体を突っ込まれて、苦しくて何度もえずいて唾液と涙まみれになったこと。だんだんうまく息が出来なくなって、目の前が真っ白になったこと。物体が取り払われた後もそのまま過呼吸を引き起こして、そこで一度撮影が止まったこと。私なりの限界を振り絞ったとしても、口には出されないものの「ああもう少しで良い画が撮れたのに」という雰囲気が一瞬でも流れたこと。全部、ついさっき起きたことのように感じてしまう。そんなことを思い出すと、背筋に冷たさを感じ、身体の真ん中あたりがぎゅっと掴まれる感覚に陥る。
月日がいくら経ったとしても、私が自覚している以上に奥底に抱え込んでしまった淀みは深く影を落として、私の中から綺麗に消え去ってはくれない。カットがかかった瞬間にフィクションだから、演技だから、そんな風に片づけられたらどんなに楽だろうか。頭の中では「仕事だから」と割り切れているはずなのに、未だに精神的な部分はただれたままで、じりじりと焼けるように蝕まれる感覚がある。
あの頃の私は焦っていたのだろう。仕事の幅を広げないと「自分自身の快不快」よりも「渡辺まおが求められていること」―もっと言及するならば「こんな撮影あるよ。無理だったらあなたじゃなくて他の人に回すけど、どう?」といったものまで追いかけすぎていたのだと思う。
その頑張りが特に何の意味もなさないと気づいたときには、既に後の祭りで、私の終わりが徐々に近づいてきていた。
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「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに